1月30日の日経新聞朝刊「私見・卓見」欄に玉上の論考「ヤミ残業は不正の温床になる。」が掲載されました。(末尾に記事全文を掲載)

ヤミ残業は不正の温床になる 玉上信明氏

社会保険労務士・健康経営アドバイザー

 電通の女性社員の過労自殺から経営者は何を教訓にすべきだろうか。少なくとも2つの問題を見据えるべきだ。

 1つは時間外勤務の過少申告、すなわち「ヤミ残業」の問題だ。我が国ではこれが横行しているとみられるが、なぜ問題なのか、経営者から若手社員までが本当に理解しているだろうか。

 事実の正確な把握と報告はビジネスの基本だ。残業や早出など時間外勤務の実態把握は、職場の人員配置、業務効率などの判断に欠かせない経営情報だ。虚偽報告は経営判断を誤らせてしまう。

 さらにヤミ残業を許す風土は事実を正確に報告しない社風も生みかねない。ヤミ残業を「会社への忠誠心の表れ」と考える社員もいるようだが、大間違いだ。効率よく仕事をしているかのように経営者をだましているのだ。ヤミ残業を許すのは嘘を許すことであり、不正の温床にもなりかねない。

 ヤミ残業の根絶は厳格な管理だけでは難しく、個々の社員の意識にかかっている。経営者は明確なメッセージを繰り返し出すべきだ。「ヤミ残業は許さない。時間外勤務の実態を正確に申告しない者は会社を裏切るものである」。ここまで言い切るべきだ。

 2つ目はハラスメントの問題だ。組織は人で動いている。管理職は部下を人として尊重し、誇りを持って仕事ができるよう大切に扱わねばならない。その対極の例が電通事件だ。大切な若い社員を人として扱わず、個人の尊厳を踏みにじった。

 職場のハラスメントの定義は法的に様々な議論があるが、その本質は「社員相互の信頼・尊重をむしばむ行動」と見るべきだろう。ハラスメントは社員を罵倒し、からかい、あるいは陰口の対象にすることだ。これは社内の信頼・尊重の気風を蝕み、士気を損なう。やがては、例えば顧客を金もうけの手段としてだけ扱うなど、顧客や社会を軽んじる姿勢をも生みかねない。経営者はこの危険性をしっかり認識すべきだ。

 経営者は自らの会社をどの方向に導きたいのだろうか。嘘とごまかし、罵りと嘲りの横行する会社か。あるいは真実がちゅうちょなく語られ、社員が互いに尊重し助け合う会社か、いずれだろうか。

 真実を語る社員を守り、社員を人として尊重する。まともな経営者なら必ず行うべき行動が、会社を明るく元気にし、社会から尊敬される会社へと変えていく。

以上